一人で呉市を満喫!その4(大和のふるさとへ行く)
この記事が1番最初です!
呉地方総監部庁舎(旧呉鎮守府)の見学が終わり、私は次の目的地に向かうことにした。それは歴史の見える丘だ。呉観光の目玉である大和ミュージアムで戦艦大和を見る前に、まずどこで大和が作られたのか、どんな場所で作られたのか実際に目で見ておきたいと思ったからだ。
ここで、駅でもらった無料パンフレットが活躍する。そのパンフレットには各観光地のマップがのっているため迷うことなく目的地に向かうことができる。また、マップがなくても観光地ごとにマップの看板が建てられているため、そこでも確認することができる。呉市は観光客に優しい街だ。
これがその看板だ。
呉を観光する際におススメの観光ルートが設定されている。呉の街の音や空気、景色を感じたいと思うなら疲れるけど歩いて観光した方がいい。より深く呉の歴史を理解できる。私は歩いて歴史の見える丘に向かった。
海上自衛隊呉地方総監部から歴史の見える丘までは徒歩約5分と書かれているが、実際には坂を上ることになるためもう少し時間がかかった。
というか、坂を上っているときにどこが歴史の見える丘なのかよくわからなかった。気づいたら到着していた。それくらい目立たない。
歴史が見える丘の目印は、この砲弾の形をしたオブジェである。車が通れないようにしているのだろう。写真の左側の坂を上ってくるので、呉地方総監部から来るときは左に注意した方がいい。場所を見過ごしてしまう可能性がある。
歴史の見える丘には記念塔が建っている。1番上にカモメのオブジェがある。呉なだけあって、記念塔はレンガとみかげ石でできていた。
当時のレンガを使用していると書かれている。1890年に呉鎮守府が完成したのでこのレンガは約130年前のものだがけっこうしっかりしていた。表面は色褪せてくすんでいる箇所もあるがまだまだ持ちそうだ。この先何百年も歴史を見続けていてほしいと思う。レンガの表面を指で触ったらざらざらしていた。
この記念塔の前にはちょっとした見晴らし場所みたいなものがあった。ここから海を眺めて歴史を見るのだろう。
このあたり一体が歴史の見える丘であって、このちょっとしたでっぱりが歴史の見える丘じゃないよねたぶん。私は先端に立って歴史を見ることにした。
正面の写真。ちょうど私が行ったときは目の前で艦艇の整備?をしていた。めっちゃラッキーだった。それにしてもクレーンが多い。あと高い場所に来たから呉が湾になっていることがわかった。
右側の写真。この赤で囲んだ建物が大和ミュージアムの一部だった気がする。
左側の写真。「大和のふるさと」だ。歩道橋があって見づらい笑
ここでタクシーの運転手から教えてもらったポイントを思い出した。タクシーの運転手は、
「歴史の見える丘より、その手前の歩道橋の方が見晴らしがいい」
と教えてくれたのだ。これは行くしかない。
実際に行って見るとかなり近い距離でみることができた。
こんなに近い距離で艦艇の整備?を見てしまっていいのだろうかと不安になるぐらい近い。人が働いているところまで見える。
水門で仕切られていて海の水が入ってこないようになっていた。整備終わったら水門を開けて海の水をいれるのだろう。水抜くときはどうやるのかな。
そのとなりで貨物船?っぽいものを建造していた。タンカーかも。でかかった。
そして大和のふるさと!
今は艦艇建造の為に使用されておらず、今は別の何かを作っているらしい。
この建物は実際に大和を建造していたそうだ。建物の古さからも感じられる。ここは空襲でも焼け残ったのかな。
タクシーの運転手の話では、大和がでかすぎるから建造の時に増築したとかなんとか。
今は一部しか残っていないのでわからないが、当時は相当大きな建物だったんだろう。建物の高さから戦艦大和の巨大さが想像できた。
私はそこで20分くらいぼうっと眺めていた。天気が良く、呉の街の遠くまで見渡すことができた。
充分満足した私はついに、「大和ミュージアム」に向かうことにした。
3日目その4:大和ミュージアムに行く!(呉観光)